思い出の一品「彩色美拼盆」

2012.06.30

金山駅は、名古屋駅に次いで名古屋市内で第二の中核を担うターミナルです。駅に隣接する、ひときわ背の高い建物が、ホテルグランコート名古屋。そして今回思い出の料理を紹介して下さるのは、こちらの中国料理「花梨」の料理長、服部義行さんです。

 

全日空ホテルズ ホテルグランコート名古屋 中国料理「花梨」
料理長 服部 義行さん

1958年 8月生まれ

 服部さんは、東国原知事でおなじみの宮崎県のご出身で、高校時代までここで過ごされました。高校ではワンダーフォーゲル部に所属され、この時九州の山々はほとんど制覇されたという体力自慢の一面をお持ちです。調理専門の高校に通っておられたので、卒業と同時にこの世界へ入られたのです。

 料理人を目指したきっかけは何でしょう?「もともと、何かものづくりの仕事をしたいという気持ちがありました。自分が将来普通のサラリーマンをやっていく、というのはイメージできなかったです。その中でも料理を目指したのは…、まぁ、きっかけは軽い気持ちでした(笑)。高校の時にアルバイトの経験もありましたしね。面白いな、自分に合うなと思ったからです。」

 

  18歳の春、卒業と同時に宮崎を出て横浜中華街へ、中華菜館 同發新館にて修業をされました。初めての職場で、仕事も一からのスタート、最初は雑用や中華街に足りないものの買出しが主な仕事でした。ここで先輩や師匠が作る料理の数々は、宮崎では見たことのないものばかりで、見るもの全てが珍しく、吸収する事がたくさんありました。また、同發には中国人の料理人もたくさんおられ、本場の中国料理を味わうたびに、改めて中国料理って奥が深いなぁと思うようになったのです。「同發はまかない料理がどこよりもレベルが高かったですね。新人も1年経ったらまかない料理を任されるようになるんですが、1日3回あるんで朝から何を作ろうか…と、まかないのことで頭がいっぱいになるんですよ。」そうこうして作った料理をみんなが食べ、先輩からアドバイスをいただいて、腕を磨いていったのでした。

 

 同發での修業も3年が過ぎた頃に、先輩から「東京にいい店があるけどどう?」と、新橋の翠園酒家の紹介を受けました。当時21歳、服部さんはこちらで働くことを決意され、その後12年間在籍されたのでした。「翠園酒家にも中国から来たコックさんがたくさんおられて、またここでも“本場の方が作る料理はすごい”と感じましたね。ずっと尊敬して、目標にしていました。」

 服部さんは翠園酒家在籍の間に、1年間ほど香港のお店へと修業に出させてもらった事もありました。「29か30歳くらいの事でしたね。香港では料理もさることながら、料理に打ち込む姿勢を学びましたね。現地のコックさんの料理に対する真剣さ、パワーはさすが本場と言うか。例えば叉焼包を作っても、少しでも上手く割れない物は捨ててしまうんですね。料理には完璧を求めて妥協しないんです。若手もみんなが“真剣に学ぶ”という気持ちの子ばかりでした。やる気が見られない人は、料理長が給料を渡しながら『次から来なくていいよ』と言う事もありましたよ。」それほど厨房内の雰囲気は真剣なものだったのです。

 「この頃の香港の料理長の教えで、“味見をするな”と言うのがあったんですよ。『何度も味見するうちにわからなくなってしまう、それほど口はあてにならない。味の加減を手や目の感覚で覚えてしまいなさい。』と言うことなんです。けど未だに私はできないですね。まだそのレベルまで到達していません。やっぱりまだ舌で確認しないと不安になってしまいます。」

 

 さて、今回ご紹介してくださった思い出の料理は3品。「佛山羅漢斉」(冬瓜と湯葉と椎茸の南乳煮込み)、「豉汁醸涼瓜甫」(ゴーヤの五目詰め豆豉煮込み)、「彩色美拼盆」(前菜の盛り合わせ)です。先の2品は同發や翠園酒家で中国人のコックさんから教わった、中華のお袋の味のような、誰もが喜ぶような料理です。料理の道に踏み込んだ頃に学んだ、服部さんにとって原点となる料理です。そしてもう一品の彩色美拼盆は、こうした原点から発展した料理です。「時代を経て変化を重ねて新たな料理が生まれるのですが、それも原点となるものがあってこそだと思うんです。これは中国料理に限った話ではなく、例えば和食の会席料理も、家庭料理が進化してできたものですしね。」

 こうした料理の原点への思いはずっと変わらずあるので、今回この3品をご紹介してくださったのです。

 

 成3年にヨコハマグランドインターコンチネンタルホテルがオープンしました。この時、服部さんは立上げスタッフに3番手として加入されたのです。ここではまず、これまで経験してきた厨房内の雰囲気とは打って変わった、縦の組織への変化に戸惑いました。「物事の順序とか、人の立て方をわかっていなかったので、失敗も多かったですね。未熟な時期でした。」また、ホテルとなると料理の単価が上がるので、お客様からは緻密な物を求められます。基本はこれまでやってきた事と同じなのですが、より繊細に、丁寧に仕上げることを心掛けました。

 

 京王プラザホテル多摩より、料理長としてお声がかかったのは、平成6年頃の事。初めて登り詰めた料理長、いろんな事に対して今まで学んできたことを無我夢中でチャレンジし、お客様に美味しいと言われる料理を出したいという一心で料理に取り組んでいた時期でした。

 更に料理長ともなると、スタッフにも気を配らなければなりません。若いコックが急に来なくなってしまい、自宅まで足を運んだりもしました。料理以外にも色々な経験を経て、キャリアアップするのでした。

 

 服部さんが首都圏から名古屋へと移る事になったのは1998年です。ホテルグランコート名古屋の立ち上げにともなってお声がかかったのです。オープン当時、服部さんの下に二十数名のコックが集まり、ホテルグランコート名古屋がスタートしました。

 東京から名古屋へ、地区が変わることによって、味に変化をつけたりしたのでしょうか?「最初は確かに、名古屋は味付けにうるさいというイメージがあって、色々やりました。けど、すぐに自分が自信のあるものを出すように切り替えました。美味しいものに東も西もそんなに差がないと思ったんですよ。旨い物は旨い、自分がやってきた事を信じて、考えを切り替えました。」京王プラザの頃になかった余裕もこの頃は生まれ、お客様の反応を見ながら改良したり、もうひと手間加えたりと、より一層喜ばれる料理を追及しました。「私にとって良かったことは、修業時代に学んだ“原点”を、ずっとしっかり持っていた事です。時代の変化、嗜好の変化などにも柔軟に対応したり、逆にマニアックに走ったりしたこともありましたが、原点がしっかりしていたのでブレなかったんでしょうね。」

 仕事を終え、調理場を出た後の、服部さんの過ごし方を伺ってみました。現在も仕事終わりに週3日でジムへ通っておられます。何でも、先輩に「こういう仕事はどこか体を痛めたりするから、鍛えないとダメだ」といわれたことがきっかけで、黙々と通う習慣が付いたとか。また旅行も好きで、奥様と4歳になるお子様を連れて、九州まで車で出かけたりされているようです。「今はなかなかできませんが、同發や翠園時代は年に3回ほどのペースで海外旅行にも行っていました。リュックを背負って、友人(現在・初島エクシブ石飛料理長)と2人で40日間ヨーロッパ諸国を廻った事もありましたね。今でも時間があれば家族と一緒に行きたいですね。」

 

 「ひとつの仕事をやり抜くっていう事はすごく大事」とおっしゃる服部さん。これから業界を盛り上げる、若手料理人へのメッセージです。「今はみんな裕福と言うか、暮らしに困るほどの事はあまりない時代だから“ここで働かなければ”という気持ちも薄れているのかもしれないですね。けど、自分が好きで入ったこの世界ですから、嫌なことが1回や2回くらいあっても、自分の運命を信じて、我慢して続けて欲しいと思いますね。辞めるにしても“あとひとつ何かを身に付けてから”と頑張ってみて下さい。何か一品でもできるようになれば、もっと続けたいと思うようになるかも知れませんし。もしそう思えず、辞める事になったとしても、負けて逃げたという気持ちにはならないでしょう。」

 

 今後の夢や挑戦したいことを尋ねました。「私のもとを卒業した人間が、将来いろんなところで料理長をやっているようになって欲しいですね。そんな人材育成をしたいです。そしてやっぱり、花梨をもっともっと人気店にしていきたいですね。名古屋で中国料理といえばグランコートと、いわれるようにしたいです。東京や大阪にも負けない、名古屋にもこんないいホテル、レストランがあるんだ、と言ってもらえる様にしたいです。」

 今年4月で10周年を迎えた中国料理「花梨」、3月末までの間、お値打ちの特別メニューを設けます。29階からの眺めは絶景で、料理はもちろん、景色も存分に楽しむことができます。

 

 修業時代に学んだ原点を大切にして、料理にまっすぐに向き合って来られた服部さん。こうした料理への思いや姿勢は、服部さんに学ぶ次の世代へと受け継がれることでしょう。

 

ホテルグランコート名古屋

名古屋市中区金山町1丁目1番1号

TEL:052-683-4111

 

 

 
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